気を愉しむ~レイキ/フラワーエッセンスのある暮らし

エネルギーヒーリング暮らし使い! パワーストンやらシュタイナー話題も ぐるりと廻る気を愉しむ話

前回のフラワーエッセンス調合の報告と次なる一本

人生の岐路にどこへ進んで往こうか を助けるエッセンス!

今回は「気を愉しむ」ブログ本流のフラワーエッセンス調合について発信!

 

先日、また新たな一本を調合しました

単発のフラワーエッセンスの助っ人も役立ちますが、

実は、続けて3、4本調合を繰り返すと一つの大きな山を乗り越えられていたりするのです♡

たとえば こんな風に

  • 1本目:今起こっている日常の諸々を整理して向き合えるために(癒し系)
  • 2本目:向きあて浮上してきた焦点を手放せるように(解放系)
  • 3本目:さらに深い解放、又は前進のために今の自分を受け入れる(自己受容系)
  • 4本目:更に、一歩踏み出すのを助ける!(自己実現系)

それぞれ2週間から1カ月掛かって一本を飲むので、まるでリレーマラソンのようです 

まずは、一本目完飲の報告

マラソンリレーのゴール先は「人生の岐路にその先へ踏み出す」

前回の私の一本目の調合テーマは、「日常のザワつきに物申す!」でした

 「他人の意見や辛らつな批判に囚われていることから解放され、私は奇跡に開かれている存在だ」

(詳しくは、前回の投稿を読んでくださいね ↓これです)

awahealing.hatenablog.com

 実際どうだったかというと、

日常のザワザワに揺さぶられながら、言いたいことを口に出せた!

スッキリ♪

 

つい、相手の立場とか心情とかをアレコレ思い計って優先するあまり、

私からは理不尽に思える相手の ”圧力かけてくる感じ” の主張に

 自己主張⇨対立⇨相手からの反撃⇨怖い⇨(>_<)対立意見をぶつけるなんて無理〜😭

…みたいな、無意識の構図に縛られて

口を噤んで曖昧になって、反感だけが残って心の重しになってた

結局

無意識に、強い相手に主張して傷つけられるのを避けたかったし、無力感も一杯

反論を口にするのは悪い子・受入れていくのが良い子みたいな、これまた無意識の刷り込みとか、

いろいろ分析のしようもあるけれど、

「批判・反発・対立」じゃなくて、”相手とは違う意見を自分からも発信する!” と思えて、言いました発信しましたよ!

それが結局反論だったとしても、

 

要はシンプルに自分の思いを伝えてみるってことなんだって
(いやぁ〜ナカナカ勇気全開でした。実際、マインドの枠を超えるとき手が震えたもの。エッセンス飲んで踏ん張った)

 

それでも、どうにもならなかったこともあったし、意味不明な反論が返ってきたりしたし、状況を進展させることもあった

 けど、

調合されたそれぞれのエッセンスが

絶望を溶かして自分を大丈夫って肯定するのを助けてくれて

みんなそれぞれ私のように自分の主張と相手の主張の狭間で四苦八苦しているんだなって気付かせてくれて、がんばってってサポートしてくれた

囚われた気分が癒されて、次へ進む心の明るさが灯った感アリ✌︎

 

そうやって向き合った結果、次の焦点は「転職」です

思いを伝えても相手と共鳴できないということを受け入れたら、
思いがスッキリした、気も縁も切れたというか、、心機一転します

不景気な折りの転職に向けて不安も大きいですが、短期のコースをとって資格も得ていきたいと思って

どんな方向へ次の一歩を踏み出そうか、思案中

 

2本目のフラワーエッセンス調合

転職っていうことはスパって心に響いたけれど、

いざ、どういう方向へ進んでいこうかと思った時に迷いが

今まで積み上げてきた経験を生かせる仕事をカナダで実現させたい

来年高校を卒業する息子も同じく人生の岐路に立ち、お互いどんな方向へ進もうかと親子で思案中

 

例のごとく、自分用には今回もカートリーディングを参考にする

「妥協」というメッセージ

”歩み寄り、自分とは違う見地を理解し反対勢力との調和を目指して働くことと、
屈服し、自分の真実に背くこととは全く別です。真実を妥協させると、混乱がさらなる混乱を生み、一歩も進めなくなる。混乱が起こっても抑圧せず、混乱しているなら、混乱していると自分の状況をまず認識するがいい、それはあなたが旅を始めたということ”

 

私たちは無限の可能性を秘めているけれど、肉体的、能力的限界があるのも真実

そこを妥協せず、自分の中の無限の可能性と限界の狭間でどう歩み寄れるのか

 

そもそも長い間、様々に屈服しつつも自分の真実に背くことに抵抗してきた日々だった

「歩み寄り=屈服」みたいな気分もあったし

願望を実現させるべく努力を惜しみなくがんばってきた(結構楽しかった)…つもり

自己観察して、自己ヒーリングして魂を成長させて(これも結構楽しかった!)…けど

      ちょっと

      ここらで

    リセット  しても!?

   お母さんの私じゃなくて、

     私で在る、私

「私」の人生の岐路へ踏み出す ”今”

   一度、力を抜いてみよう

混乱を混乱のままに、アレコレをあるがままの状況を認識して

   そこから、何が観えるかな?

 

今回のエッセンス調合(パシフィック・エッセンス)

  • ポイズンヘムロック=恐れをワクワク感に変容させ滞ることなく変化の時を進んでいく。現在を無視し体験を否定し自分のパワーを断念するような麻痺や無意識の想念パターンを肉体・感情・精神レベルから解消
  • スターフィッシュ(ヒトデ)何かにしがみ付いていたら進めない、そんな不純物を体と心と魂から取り除き空っぽになる体験に身を委ねる、個人のユニークな魂の旅を感謝と共に受け止める
  • カメリア(椿)古い観念や行動パターンを手放し自己に課した制限を超えて拡大し、真の自己を反映する新しい態度に心を開く。防御的な鎧を柔軟性とオープンさに変容させる
  • ヌーツカ・ローズ(野ばら)あるがままに観れば鋭い棘の痛みも人生の一部にすぎないトラウマを乗り越え、ハートに愛が流れるように愛・笑・喜びを表現する
  • バーナックルフジツボ内なる女性性(アワ性)を受け入れ、流れのまま自然の力に身を委ねる信頼を養い、育み、生み出す力、豊さ、叡智をもたらす
  • パーリーエバーラスティング=細かいことにこだわって大事なことを見失わないように他者との繋がりを深めるのに役立ち、大いなる源との繋がりを保ちながら地球次元の物事を捉える助けともなるー深い愛と献身
  • イースター・リリー=相手によく思われようとする建前をなくし、オープンで自由な自己表現を助け、正直に内面のあるがまあの自分で宇宙エネルギーを素直に通す。あなたの真実と美しさの表し方を助ける

 

アファメーション

「私の肉体的・感情的・精神的な癒しを助けるアワ性の深い愛に完全に開いています」

 

*アワ性とは、古代日本語カタカムナのことばで、宇宙の大いなる源(大いなる愛)であり、女性性(深い愛・母性・生み出す力・豊さなど)のこと。この内なる大いなる愛・源に繋がることで、外なるモノコトが巡り廻り思いが現実化する

 

フラワーエッセンスが私を何かに変えてくれるわけではありません

私の中の弱っている波動(エネルギーパターン)が、フラワーエッセンスの波動に触発され高められ変化を誘発します

大事なのは量ではなく、回数!

凝り固まった波動パターンを少しずつ高めていきますが、すぐにいつもの慣れ親しんだパターンに戻ります、なので、また少し飲んでちょっと引き上げて、戻って、また少し飲んでの繰り返し

そのうち、新しい波動パターンにちょこっと高まって、また少し戻って…

一本終わるころには、寄せては返す波のように何度も繰り返された攻防が

私の在りようを少し時には大きく変化させていくのです

 

これは、体験でしか判らない

 

あなたの内なる旅のお供にフラワーエッセンスを!

 

さて、今回はいかに!

またレポートします

💖

読書会備忘録 (11) 「医療と教育を結ぶ シュタイナー教育」

一つの人生は次の人生の教師...

先日の読書会もコーヒーを片手に楽しく話題が飛び交いました

特に、霊視をしてもらったという体験話はみんなの興味を引きました

娘さんが胃に不調があって
過去世で抱いた念が残っていて浄化してもらったら大丈夫になったとか

前世での今の旦那さんとの関係から
今世では旦那さんに尽くしてもらう因縁だとか

私もレイキ・セッションをしているときは
その方にまつわる映像が観えてきます

その映像の中の人物のヒーリングをしていると
ヒーリングを受けている方の肉体にも変化が現れます
咳をするとか、体の一部がピクっと動くとか、腕や足が大きく跳ね上がるとか
そして
映像の中の人物が癒され終えると
大概、ヒーリングを受けている方が大きく深呼吸します
それは、抱えてきたものが解放された深い癒しのサイン

そんな体験から
過去世での出来事は、今世の肉体や人間関係など様々に影響しているんだと思えます

ただ、

「医療と教育を結ぶ シュタイナー教育」のテーマは、療法家に委ねる方法ではなく
あくまでも、以前の人生について何か認識できるような洞察方法で

自分で 自分をもっと知る

自分で 子供や生徒のことをもっと観察して思考して、全部ひっくるめて寄り添う

そんなことを折角この本で提案しているのだから

少し時間が掛かるかもしれないけれど、
自分でゆっくり前の人生からもちこんできているものは何か
を観察してみようではありませんか

何も特別なことじゃなくて

例えば、娘が初めて階段を登った一歳のとき、

  彼女は一目散に登って、あっというまに2階にたどり着き
  教えるでもなく四つん這いのまま足とお尻から下まで降りて来ました

息子が初めて階段を登った一歳のとき、

  彼は一段一段下を見て何かを確認しては、また一段上がっては確認
  そうやって全階段を登って確認して2階にたどり着きました
  階段降りに関してはエキスパートになっていた三歳の娘が
  お尻から降りる方法を何度も彼に見せて降り方を伝授していました
  ただ、その降り方が...
  (一応安全ではあるものの...)雪崩がどぉ〜〜と地滑りするようなかんじで
  大概!ビックリ (◎_◎;) されてましたけど

これは、その後の人生で彼らが初めて向き合うものへの姿勢を如実に物語っています

娘は特に危険なことを積極的にやるタイプではありませんが、
やるとなれば、持ち前の野生の勘でパッとやってのけますが、無茶ではないですね

息子は、男の子だし無謀なことに挑戦したいのですが慎重なタイプなので
一段一段高さを積み上げて挑戦した実績の結果
すごく高いところからマウンテンバイクでジャンプしたりしています
大概、人は驚くし、無茶で大胆と思うのですが、
いやいや、彼は自分で絶対安全だと思えないと行動しない慎重さがあるので
コツコツその高さまで実験を繰り返したんだねーなのです

そんな二人のその大胆さや慎重さは、前の人生から受け継いでいるものだと思えます

母としては
つくづくこの二人の性格が逆でなくて良かったと胸を撫で下ろします

 

今世の魂のレベルの限界ーーー前世の自己認識・注意力・関心の結果
今世のアストラル体領域での限界ーーー具体的・現実的な記憶または、前世でずっと活動していた自我の実在の刻印
今世の習慣の領域での限界ーーー前世のアストラル活動の刻印
今世の肉体領域での限界ーーー前世での行動や習慣の刻印

 

それから、
どんなに打ちのめされ裏切られても
自分を捨てた母を助けようとする息子のドキュメンタリー番組の話がでて

そうまでする意志力の強さも前世から持ち込んできたものだろうか
前世からの魂のレベルが高いので、強い意志力があるのだろうか

興味は尽きません 

 

自己教育

自分の習慣を調べ、それを研究して、この領域に刻印されているものはないかと自問してみましょう

「今世において生命力と習慣の領域で出会う特別な限界は、前世のアストラル活動の刻印ではないだろうか?」

「今世でどんな肉体の限界と形い出会うかは、前世での行動や習慣がどのように確立され、それが私にどのような人生を送らせたかということの刻印ではないだろうか?」

自分の自我意識の柔軟性と自由から出発してください

そして

自分が伸ばしたいと思う課題や能力に注目し取り組んでください

そうするには

意志、感情、動機、そしてそれを理解しつつ成し遂げる思考力が要ります

どのような形のものであれ自己教育をするときは
 まず自分の魂を教育する必要があります
 少しでも進歩するには魂の力が必要だからです

自分の魂に働きかけ、ある能力を発達させると、それによって早晩自分の習慣が変わります
 生活上の行動が変わります

自分の生活習慣が変わると、もっとも長時間を要しますが、物質的な生活や肉体の状態までもが変化していきます


一つの人生は次の人生の教師です


自我領域、自分の私の領域への関与の仕方がアストラル体がどのように発達するか
どのように自我の力に貫かれるかという方向性を決定します

私の自我活動の特徴がアストラル体を貫き
それによってアストラル体は次第に人間的になります

私の魂の活動が人間らしくなればなるほど、
それが私の行動や習慣の領域に現れてきます

私の人生を通じての魂との闘いが
次の人生のエーテル体の構造の状態を決定します

私が今日アストラル体をどのように扱うかは、
今の人生における習慣を変えるだけでなく、次の人生で作られる習慣をも準備します

 個人的には
もっと早くこれを知りたかった!!

ハタチの頃、心の内側には怒りが膨らんで爆発寸前でした

人はいつかは死ぬ、
 お金なら死んだ後だれかにあげられる
 けれど、これから積み上げるであろう学びや知識や経験は... 無に帰するだけ...

無に帰するだけの学びをし、経験を積み上げ、知識を高めるなんて バカらしい!

そもそも、何のために生きるのか! 生きて、死んで、無になって、何のために頑張るというのか!?

まぁ、そんな青年の主張みたいな気分で押し潰されそうでした

そんな時、父が死にました

それはもう、(変な言い方ですが)カッコイイ人生の終わり方でした

出世を拒み、現場で働くのを愛した平社員で
家では何もせず、口数も少なかった父のお葬式には
400人近くの人が詰めかけ
同僚から豪泣きされるほど慕われ、惜しまれ、頼られていたことを知りました

真摯に生き、自分にも仕事にも厳しく、人のために労を惜しまない人

その時、父のようなそんな死に方ができるように生きよう!って思ったものです

でも

今なら、ハタチの時の私に教えてあげたい

今の人生は、次の人生に持ち越される先行投資

ちゃんと、今生きて得たものは自分の次の人生に生かされるし
私の人生を通して、何かしらのものがお金のように渡し渡されている

無には 帰さないよって 教えてあげたいな

私が今日アストラル体をどのように扱うかは、
今の人生における習慣を変えるだけでなく、次の人生で作られる習慣をも準備します

人生って、人間って、不思議でオモシロイじゃないか

 

つづく
💖

読書会備忘録 (10) 「医療と教育を結ぶ シュタイナー教育」

何に強い関心を持っている子供だった? 何か前世のリフレーンのようなもの...

《シュタイナーによる教育原則》

自己観察と自己経験の道として教育的観点から輪廻転生とカルマを視野に入れ、
 人間の成長のプロセスを理解し、自分のクラスに座っている生徒たちに生かすこと

カルマを視野に入れた自己観察の四つの領域:

第一レベル 「自我の領域」集中力と意識性をもって、ここで起きていることに目を向ける
第二レベル 感情体・アストラル体「自己経験 / 記憶の領域」驚くほどの偏見や過去の記憶や未来についての観念に結びついている
第三レベル 生命体・エーテル「生活習慣の領域」基本的行動+生活習慣が生活上の判断に大きく影響を及ぼす
 
第四レベル 肉体「肉体の領域」身体的な力の及ぶ範囲に私たちは限定され、カルマ的状況をつくる 

読書会備忘録(6)〜(10)を通して、私たちが経験する四つの領域についてが出揃いました

普段は漠然と全てをごちゃ混ぜにしているので

こうして整理されると改めて ”様々な層の重なり合いの「自分」” が存在しているんだなぁですね

まずは、

四つのレベル:まとめ

集中力と自我存在の領域で自分を分析して、

「自分がほんとうに存在する瞬間とはいつか。自分の自我は何に関心を持っているか。十分に集中しているとき、私はどこにいるのか」

と自問してみますと、

自分が、おそらく限られた関心をもって、ある特定の観察点に立っていることがわかります。

しかし、また、自分の個人的な動機がすべてこの自我世界に依っていることも、
自分が望めば何にでも関心を持てる可能性のあることもわかります

この意識と集中力の自我世界はもっとも解放された柔軟な世界であることが経験できます。
それは無限の可能性の世界です。

ドラマの主人公の人生を例えにすると考えやすいです

しばらく前の朝ドラの「花子とアン」の主人公が、厳しい現実の合間に想像の翼を広げて
柔軟な心の世界を解放していましたが、自我世界の観察という視点からは「夢見がち」とは違うと思うのです
けれど、人生のある種の牽引があって「翻訳や児童文学」に強い関心を持った人生でした

やはり朝ドラの「あさが来た」の主人公が、周りに反発されても商売への溢れる関心に突き動かされながら
周りを巻き込みながら、時代の波を渡っていった生き様も思い起こされます

彼女は超裕福な家に生まれ、心身ともに強く、それこそ無限の可能性を現実に生きられる機会に恵まれていましたが
「金融」に特化した関心が強かったし、彼女の姉は「良妻賢母」に特化した強い関心がありました

思えば、私も子供の頃からある種の強い関心に牽引されて人生を生きています

私の子供達が小さい頃に、それぞれが特定の強い関心を持って遊んでいることを面白く観ていました

子供時代は、前世から持ち込んだ関心にフィルターなしで素直に反応してますよね
夢中で遊ぶ中で
ごねて泣いて親を困らせている中で
様々な場面で
精一杯無限の可能性と前世から持ち込んだ関心の狭間で生きているのを
私たち親や先生が観ていてあげることは大事です

幼いながらも特定のこだわりを持ってますね


今、ティーンエイジャーになった息子がこれから人生をどう進んでいこうかを考えていて
そんな時
小さい頃どんな強い関心を抱いてどんな風に遊んでいたかを話してあげる

当の本人は幼くて覚えていられない代わりの記憶媒体みたいに

それが引き金になって、心の深い底に沈んでいるモノが彼の表面の意識に立ち登ってくる

成長途上の今の自我を携えて

その輝きを蘇させ始める

夕食後とかにフトそんなことを語り合う、そんな夜のひと時はとても深く面白い会話に弾むのです

 

そう、その強い関心は、どこから来ているのかという話です

その他の領域では、私たちはもっともっと多くの限界を経験します

魂の原型ー思考、感情、意志ーには限界はありません
 思考生活においては、すべてを理解する可能性をもっています
 感情生活では、すべてのものに共感を感じる可能性をもっています
 意志については、どのような能力でも学び発達させる可能性をもっています

しかし、自己を探求することによって、自分が魂のレベルで制限されていることを経験します
私たちが以前の人生からの個人的なカルマに出会うのはそこにおいてです

 ほうほう、なるほど... そして、

今世の魂のレベルの限界ーーー前世の自己認識・注意力・関心の結果
今世のアストラル体領域での限界ーーー具体的・現実的な記憶または、前世でずっと活動していた自我の実在の刻印
今世の習慣の領域での限界ーーー前世のアストラル活動の刻印
今世の肉体領域での限界ーーー前世での行動や習慣の刻印

自我領域において、今世では私たちは開放され自由で無限なのは、前世の悪い体験も良い体験も全ての刻印は現在のアストラル体に入っているから
つまり
アストラル領域において何か気に入らなく思うとき、私たちは前世で活動していた自我の特徴に出会っているということ

問い

自分の魂の旋律を観察する

「何かリフレーンのようなもの、私の前世の運命の形、伝記の記憶のようなモノはないだろうか。そして今、私は、自分の人生の旋律や、自分の魂の限界が私に示す、私自身のある種の特徴にふさわしい仕方でそれに応じているだろうか?」 

自分の習慣を調べ、それを研究して、この領域に刻印されているモノは何か

「今世において生命力と習慣の領域で出会う特別な限界は、前世のアストラル活動の刻印ではないだろうか?」

「今世でどんな肉体の限界と形い出会うかは、前世での行動や習慣がどのように確立され、それが私にどのような人生を送らせたかということの刻印ではないだろうか?」

 

少しの間、実際にご自分とお子さんをこのように観察してみてはいかがでしょうか

何に出会うでしょうか✨ 面白そうじゃないですか

 

備忘録を書き上げているうちに、明日はお楽しみの読書会の日です!

参加している人たちの、何かリフレーンのようなものを聞いてみたいです

これを読んでくれているあなたの何かリフレーンのようなものは何でしたか

また備忘録を更新します
お楽しみに

つづく

💖

心の洗濯・森林浴

森林浴でリフレッシュ♡

今朝は、久しぶりに近所の森を友人と軽い散歩に行きました

 

 

川の音やトレール横のせせらぎを聞きながら背の高い杉の木々の下を歩いていると

日常のごちゃごちゃした雑事が、なんだかどうでもいいことのような気になります

友人との会話も楽しくて

トレールを一周りしたら、2時間くらい森の中をおしゃべりしながら歩いてました

 

こうしてトレールに散歩に来るたびに、もっと頻繁に散歩に来よう!とか思うのですが

ついつい、物ぐさなもので足が遠のいて...

 

森林浴とはよく言ったもので

本当に心が洗われたようです!

 

ここは、リン・キャニオンといって隠れたバンクーバーの ”これぞカナダ!” スポット

川沿いコース、森林山道コース、湖一周コースあり

軽い散歩から、本格的なハイキング

そして、

夏には川遊びも! 

2、3メートルの崖から川床へ飛び込むスポットや、

天然の滝ウォータースライド

そして

つり橋まで

いろいろ楽しめます

(と、観光ガイドはここまでにして)

 

今更、森林浴効果を改めてうたうつもりはありませんが、

森の気を浴びて、日常のストレスがスゥッと抜けた後仕事に行ったら

職場でも心の張りと気力の充実をすごく感じたし

心なしか職場のみんなの会話も楽しい話題が飛び交って、新鮮な一日だった

心の張りは伝染するのかな

って、ことは、その逆も然りでもあるわけだな... 😅

 

この溌剌とした気分って、とっても大事

 

霊気で気力を補ったりリラックスしたり

フラワーエッセンスで、気持ちや人生のリフレッシュを助けてもらったり

とかいうのも大好きですが、

自然から浴びる「気」って、やっぱり圧倒的な凄さがあります♪

とくに、早春の植物からの生命エネルギーは強くて気が入る

あいにく太陽は雲間から時折陽射しが差し込む程度でしたが、

この秋からずっと冬の間も雨の日が多く続いているバンクーバーでは、

時折の陽射しも貴重で有難い😊 

陽射しは、心の奥までも暖かさと冬の終わりを届けてくれているようです

 

今日、体に十分の気を充電できてよかった

いつもの習慣を破って散歩に行けてよかった

一人より友人と一緒に散歩してとても楽しくてよかった

自然からの気を愉しめてよかった

 

 

人生いろいろあるけど

全て必然につながり織り合う気のうつろい

愉しんでいこうよ

 

💖

読書会備忘録 (9) 「医療と教育を結ぶ シュタイナー教育」

出会いや経験が、足の長さに左右されていたことはなかったか??

《シュタイナーによる教育原則》

自己観察と自己経験の道として教育的観点から輪廻転生とカルマを視野に入れ、
 人間の成長のプロセスを理解し、自分のクラスに座っている生徒たちに生かすこと

自己観察の四つの領域:

第一レベル「自我の領域」集中力と意識性をもって、ここで起きていることに目を向ける
第二レベル「自己経験の領域」驚くほどの偏見や過去の記憶や未来についての観念に結びついている
第三レベル「生活習慣の領域」基本的行動+生活習慣が生活上の判断に大きく影響を及ぼす
 

読書会備忘録(6)、(7)、(8)に引きつづき、第四レベルとは...

 

第四レベル:肉体の領域

身体的な力の及ぶ範囲に私たちは限定されています

たとえ、もっともよい習慣、もっとも柔軟な魂、非常に高い集中力があったとしても
肉体的能力がなければ、自分のしたいことができません

自分の肉体の物理的状態がカルマ的状況をつくる
そして、肉体レベルでの人との出会い方がこのドラマで重要な役割を演じます

例えば、歩幅は足の長さによって決まり、その観点から出会いや経験が足の長さに左右されていたことはなかったか
誰かに会うためにある場所に歩いて向かう時、何秒か何分かの差で出会いが変わっていたかもしれない

誰が誰を好きか、老人か若者か、男か女か、全体的な容姿、印象といったことで、
これはほとんど固定され、肉体レベルで何かを変えようとする時に、私たちはもっとも大きな抵抗を経験します

例えば、オイリュトミーの分野で何年間か訓練をすれば、動き方、歩き方を変えることができます
私たちの肉体を新しい形に変えることができます
しかし、
それには何年にもわたる訓練が必要です

 

 

オイリュトミーとは、シュタイナー学校の大切な授業の一つで

手話のように固有の象徴的な動作があって、それはそれぞれの「音」に対応していて
詩の言葉の発音や音楽の旋律を、流れるような特定の動きで表現をするものです
けれど、それは単なる動作にとどまらず
目に見えない深いところまで影響を及ぼす作用があります

個人的にも大好きで機会を見つけては習っていますが
オイリュトミーを習った後は、いつも気が整い浄化され新鮮な気に満たされる感じがします

シュタイナーの言わんとしている世界を直接体験できる奥深さがあります

娘が初めてオイリュトミーの授業を受けた日、

彼女の体操の先生が、彼女の動作の変化にびっくりしていました
体操の技の後、雑に単に両手を上にあげていた娘でしたが、
両手がスッと上に伸びて背筋をスクッとさせて立っていたと

毎年学校で、子供達の合唱、演奏、演劇の発表会に加えて、オイリュトミーの発表会もあります

それを毎回とても楽しみにしていて、それは子供達のその時点での在り様がとてもよく観れるからです

自信無げに、周りを意識しながら心もとなげに動く様や

心ここに在らず、動作だけをみんなに合わせて動く様や

心と動作が調和して、指先まで気が通って喜びと「これが私だ」と言わんばかりの動き様や

圧倒的な存在感を身にまとって動く様

シュタイナー学校の子供達にとっては、幼稚園や小学校の頃から長い年月
 「何でこんなことをしなくちゃいけないんだ」と文句を言いながら受けてきた授業ですが

毎年、高校二、三年生のオイリュトミーには、
どの生徒にもしっかりした真の様なものが身の内に備わってきたという印象を受けます

人生という長い旅への準備が整いつつある様に、みえるのです

 

肉体レベルでの変化は、一瞬には起こせずとも変化可能な部分もあれば

ましてや、背がもう少し高ければとか、鼻が低いとか、筋肉質体質とか、先天性の能力とか

変化を起こしにくい部分も相当あります

でも、

遺伝的な理由も含めて、なぜ私はこのような肉体(固定された制限)を持って、

もしくは、このような肉体的特徴をどう選んで生まれてきたのか?

日本で育つと、ほとんどの人が黒髪の黒い目ですが、

カナダでは様々な髪の色と目の色の人たちがいます

その中でも、
両親・兄弟・親戚はみんな黒髪なのに、自分だけ赤い髪で生まれてきた友人がいます
何世代も前に赤い髪の人がいたらしく隔世遺伝したとか、
何で彼女は赤い髪を携えてこの世に生まれたのでしょうか

 

いよいよ、次回からがこの章「教育の原則とカルマおよび輪廻転生の関係」の本筋に入っていきます
お付き合いください

つづく

💖

 

 

 

読書会備忘録 (8) 「医療と教育を結ぶ シュタイナー教育」

基本行動 X 生活習慣 =運命の転換点?

《シュタイナーによる教育原則》

自己観察と自己経験の道として教育的観点から輪廻転生とカルマを視野に入れ、
 人間の成長のプロセスを理解し、自分のクラスに座っている生徒たちに生かすこと

自己観察の四つの領域:

第一レベル「自我の領域」集中力と意識性をもって、ここで起きていることに目を向ける
第二レベル「自己経験の領域」過去に出合ったり未来についての観念に出合ったり葛藤に揺らぐ

 

前回の、読書会備忘録(6)、(7)につづき、

さて、第三レベルとは...

 

第三レベル:生活習慣の領域

自分の基本的行動に生活習慣がどんな役割を果たしているのか自問してみることは非常に重要です
自分の習慣的行動はこうであって、ああではないということが、運命の転換点となる可能性があります

習慣に基づく生活とは何を生み出したり、促したりしているのでしょうか

何かをしたいと感じながら、あるいは優れた考えをもちながら、
 それに取り組まない人たちがどれほど多くいることでしょう

非常に強い生活習慣のために、たとえ一歩でもそこから踏み出すのをためらったり、恐れたり

多くの人が生活のなかの何かを変えるのをためらいます
 自分のアイデンティティの一部を失うかのように感じるから

他人よりも強く習慣に縛られている人もいます

これは生活上の判断に大きく影響をする領域

この領域で何かを変えるのはより困難

なぜなら、生活習慣からくる抵抗は魂の領域(自己経験の領域)からくる抵抗よりもさらに強いから

習慣で築いた殻を少し壊しただけでも
不安で一杯だけど、新しい自分や新たな可能性にワクワクしたり、人生に新鮮な風が吹く、みたいな✨

もしくは、
慣れ親しんだ習慣は安心と慢心をうみ
考える必要もなく、ただ慢心に自動人形のごとく、
いつもの毎日の繰り返しはある種の調和さえ起こし、
不条理な上の調和の歪みを補う、それさえも習慣となり、

楽だったり大変だったりするけど、味気ない、みたいな🌀

勇気と好奇心を携えて、

 その生活習慣的行動は本当に私の役に立っているものなのかな?

 

第3章で、さらに詳しく感情や生活のリズムがどのように肉体に作用し、
健康と子供の成長とリズムの関わりに目を開かされます

 

もう随分前、初めてこの本を読んだ時、目からウロコが落ちる感じで
もっと早く出会いたかったと痛烈に思ったものでした
たくさんのシュタイナー関連の本を読みあさり、実際の体験を積み重ねてきても
何となくで理解していたつもりになっている多くのことが

生理学的に具体的に自分でも観察・経験でき
それが子供の健康、強いてはその子が大人になった時の健康も視野に入れて語られている
薄い本なのに読み応えのある素晴らしい一冊です

 * 七日周期リズムの肉体や精神に与える影響とか...

 * 七日周期の4倍の習慣に与える影響とか...

そこで、本を読んで早速それを自分でも試したくなり

中学生だった子供達も一緒に、
知人のオーガニック・ファームで夏休みの四週間にお手伝いをさせてもらいに行きました!
場所は、ハワイ!

  早朝、ファームで働く人全員分の簡単な朝ごはんの支度  

  朝食後、午前中一杯ファームの手伝い&ファーム内のレストランで従業員用の賄い昼食

  昼食後、日替わりでビーチを変えて日が暮れるまで海で遊ぶ

  夕食用にファームの野菜やフルーツを積んで子供達と一緒に蟻と格闘しつつ簡単な夕食作り

  夕食後、絵日記を書いたり読書をしたりして就寝

という、シンプルな生活習慣をガチで4週間⭐︎

カナダに帰った結果は、
世界がひどく色褪せて見えた
ハワイはいつも花の色と海の色で彩られていた
そして、いきなり生活リズムの基盤を失い
慣れ親しんだいつもの生活が、異質で無機質に感じた

のも、つかの間、

結局しばらくしてフツーにいつもの生活リズムに戻っていきましたけど

単なる感傷とも違う

根っこの部分を揺さぶられた感じがした、その四週間の後でした

それにしても、

いつもの習慣の外は、
生き生きとした子供たちや自分に出会い、新鮮で毎日がワクワクした♡

また、

思い出しちゃったな😆 あぶない、あぶない...

 

何かをしたいと感じて、それができるアイデアもあるならば

取り組んでいく自分で在りたい

抵抗が強くても、生活習慣の殻を壊して進んでいきたい

 

つづく

💖

読書会備忘録⑺ 「医療と教育を結ぶ シュタイナー教育」

  だけど、ぼくらは挫けない♫ 泣くのは嫌だ、笑っちゃおう🎶 進めー! 「魂の生活、自己経験の領域」

シュタイナーによる教育原則は、自己観察と自己経験の道として教育的観点から輪廻転生とカルマを視野に入れ、人間の成長のプロセスを理解し、自分のクラスに座っている生徒たちに生かすこと

自己観察・四つの領域:

第一レベル「自我領域」集中力と意識性をもって、ここで起きていることに目を向ける

前回の、読書会備忘録(6)につづき、

さて、第二レベルとは...

 

第二レベル:自己経験の領域

自己経験のより低い領域や、アストラル性、思考・感情・意志をともなう魂の生活、情緒生活、(衝動などに)駆られる生活、そして特定の観念が固定される記憶に至る

 

過去に出合ったり未来についての観念に出合ったりする自己経験の領域

ここで、私たちは

恐怖

希望

憎悪

に出合い、すでにできあがった世界の実在を感じます

この世界は新鮮でも開放的でなく、驚くほど偏見や過去の経験に結びついています

例えば、彼にはこういうことがあったのだから、いまさら信用するわけにはいかない...などというように

 

何かこれ個人的に身につまされる😅

この過去の経験に結びついている領域は非常に厄介

”ムスビ” というよりは、「絡み合い」でしょうか

説明するまでもないくらい

誰しもこの領域に捉えられ、もがいた苦い経験があることでしょう

ここは、結構「悪魔」が出張ってくる領域です

ということは、無意識の世界に沈んでいる成長の種が多くある領域ということでもある

 

捕らえられている事態に蓋をしてしまっているとか...

過去の経験=苦 だけでなく =楽 もアリだけど、

どっちに転んでも、そこに囚われ閉鎖的になっているなら、

なんか捻じ曲がっちゃってる苦い偏見として記憶が結晶しているかもですね!?

 

何かが起こったとき、

過去の経験に照らして考えることを「賢い人」とフツーそう教育されてきましたよねー

心の中の経験値データーベースは日々アップデートされ、安全・安心を目指します

でも、

過去を引きずっている人のことは「愚か者」

経験に照らして考える人とはどう違うのでしょう

そして、

切り捨て気持ちを切り替えるのが「賢い」、でも単に傍へ押しやっただけの愚か者とか

果ては、

自分の経験でさえない、親や教師など成長する過程で「賢い人」に成るべく植えつけられてきた固定観念も含まれますし

でも、

 でも、

そんな賢い人にならず、偏見やいわゆる常識から自由な人を羨ましくも、蔑んでみたり

 

この領域は、

曖昧でいて様々なムードに覆われて自己観察が難しい

 

実際の意志や集注力の発現である「私(自我)」という働きが、

固定された考え方に疑問を呈し感情に取り組み始めるとき、ある種の葛藤を経験する

それは、自分が持っていているにもかかわらず自分自身で望まない感情との戦い

あるいは、

自分が持っていない気持ちを持ちたいと思う

 

こういったことは、どこからやってくるのか

 

(思考・感情・意志をともなう)魂の生活はある種の雰囲気(ムード)に包まれている

 

一方では強い相互作用があり

他方では顕著な抵抗がある

 

私たちは

何かを変えようとしますが

大きな抵抗があると、変更は非常に大変な仕事だと感じる

 

正に、そこが身につまされるポイント!

数週間前に、自分用に調合したフラワーエッセンスを飲みながら

非常に大変な仕事だと感じつつ、囚われている自分を解放して

この自己経験の領域に変化を起こした先の自分を体験してみたい

カードリーディングで受け取ったメッセージは、

「そんなに憤慨していても毒にしかならないよ。その人たちを許して明るい方へ進んでいこう。疑いを払い、人生にミラクルが起こることに心を開いて!本当に奇跡は起こるさ。さぁ、やりたいと願ってきたことを後回しにするのを辞めて目を向け、飛び込んで。今が、行動する時だよ!!」

そして

「他人の意見や辛らつな批判に囚われていることから解放され、私は奇跡に開かれている存在だ」

というゴールをサポートするフラワーエッセンスを幾つか選んで調合しました

 

フラワーエッセンスを飲み始めると、

意識がその望む変容に様々なレベルでフォーカスして

現実生活で実際に何事かが起こりはじめ

葛藤と感情の抵抗と非常な困難を感じて気持ちが萎えますが、挫けたりしません!

辛くもありますが、

乗り越えた先の自分に出会いたい心持ちに励まされ

共時性シンクロニシティの追い風を受け

細波くらいでは揺るがない程度には大船に乗って、進めー✨

というか、

大波だと思って今までひるんで挫けていたけど、

実際によく見たら、柳の幽霊のごとく、本当は細波っだったわ

みたいな感じで、

フラワーエッセンスが無意識のブロックを外す役に立っています

 

そして、

このタイミングで、毎日楽しみにしている朝ドラの中の歌が♡

「 🎶 悲しいこともあるだろさ

苦しいこともあるだろさ

だけど、ぼくらは挫けない

泣くのは嫌だ、笑っちゃおう

進めー!

ヒョッコリひょーたん島

ヒョッコリひょーたん島 🎶」

 

これも、シンクロかなって

 

教育原則、まだまだ続きます

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