気を愉しむ  ☆レイキ/フラワーエッセンスのある暮らし☆

エネルギーヒーリング暮らし使い! パワーストンやらシュタイナー話題も ぐるりと廻る気を愉しむ話

読書会備忘録⑹ 「医療と教育を結ぶ シュタイナー教育」

「私」というものを経験する領域

シュタイナーによる教育原則とは、

 輪廻転生とカルマを教育的観点からみようとする方法|自己観察と自己経験の道として

まったく暗示によらず、自分の以前の人生についての認識を得られるように

その自己観察と自己研究ができるには、どこから始めたらいいのか

以後、数回に分けて四つの領域の紹介が続きます

 

第一レベル:自我の領域

自分がしっかりした基盤の上に立っているという確信は、

いったい何が私にもたらすのでしょうか

 

いまどきは、まず、その確信が得られなくてって

ところからかもしれない😅

 

私たちには「私」というものを経験する領域がある

 ということに気がつくと役に立ちます

 

皆さんは私の言葉に耳を傾けながら(このブログを読みながら)

今を生きています。この導入部分の話や考えを追いながら、

同時に何か別のことを考えたりしているかもしれません。

 

皆さんは

 今を生きています

 

これが私たちの自我の領域で、

 そこには常に「私」が活動をしています

 

それは

 私たちを、過去に邪魔されることなく

  常に新しく解放してくれる力です

 

私たちは目覚め、そして考えながら生きています

 それは意識性です

  集注力です

  自我の経験は集注力の経験です

 

ここで、最近スプーン曲げに挑戦したって話題が飛び出て盛り上がりました

読書会の醍醐味! 

みんながそれぞれの印象を自由に持ち込んで

シェアしあえるのがすごくおもしろい♫

 

スプーン曲げって、曲がることを完全肯定して、それが世界の常識フツーってくらいなレベルまでくると、曲がるらしいんです。

 

でも、曲げたいと念じて、集注している時って、

無意識に曲がるわけないじゃんていうスタンスで、

曲がること完全否定を意識的・無意識的に無視してます、努力真っ最中、ってわけで、

結局、曲がらない、

で、ほらやっぱりねってとこに、なぜか安心感を抱きつつ失望してる

っていう自分を観察してる...みたいな、

 

で、曲げようとしていた時って、

ある意味、「今を生きている」体験だったよね、と。

自我領域の超体験

 

注意欠陥障害、ADDとは、私たちが自我の能力を全面的に取り戻そうとする問題です。この症候群と闘っている人々は自分の自我存在を取り戻そうと闘っているのであり、彼らは自我存在の部分的欠損に苦しんでいるのです。

 

 これは、新鮮な新しい見方へ私の目を向けさせてくれました

 

私たちは自我が存在するとき、集注することができます。

注意を集中する熱の力をもって、

今ここで起きていることに目を向けることができます。

 

焦っていて集中できないのって、

 自我を見失っているからなんだー、とか

過去のことを引きずっているときって、

 今に生きてないから、自我も弱まっているんだろう、とか

 

今度、スプーン曲げにも挑戦してみよう❤︎

 

つづく😊

💖

読書会備忘録⑸ 「医療と教育を結ぶ シュタイナー教育」

観察と思考による自己経験の道 vs 天職 エナジーヒーリング・ガイド

昨日いつものコーヒー屋さんで読書会がありました。備忘録も更新です♪

前回の備忘録④の最後で触れた、

輪廻転生とカルマをも視野にいれた「人間の成長のプロセスを理解する」を教育の原則としたシュタイナー教育

に切り込んでいきます。

 

教育原則

教育原則とは輪廻転生とカルマを教育的観点からみようとする方法ですが、私はそれを経験の道として特徴づけたい。と、まず始まります。

というのも、

前提として前世療法とか暗示や催眠はては占いや透視家による他人からのガイドによって情報を得るのではなく、

「観察し考える」方法で、もっとも覚醒し、もっとも意識的で、もっとも明晰でいられる能力を使って、自己経験に至る道として示す

 

覚醒していない状態で得たものは、幻想なのか真実なのか、

無意識の海から取り出してきた欠片は非常に曖昧なので、

シュタイナーは、決して、人が忘我的に弛緩してしまう暗示や催眠によってではなく、霊視や霊聴の能力によらず、

誰でも「思考」を通して目に見えない世界の深淵へ至る方法について

様々な機会にその実践方法を提供しています。

 

読書会ではすーと通り過ごした部分ですが、

個人的には毎回この指摘に引っかかります

 

それは、

わたしが「エネルギーヒーリング・ガイド」であることを天職としているから

 

矛盾が...

 

レイキのセッション中は、高い波動の中でワークを行なう上に、

わたし自身の意識をオープンにして

クライアントさんに必要なメッセージを受け取りながらヒーリングします

それが、イメージとして映像化して霊視している場合もあれば、

直接皮膚感覚に伝わる目に見えない何かを触っている感触もあれば

言葉ではなく直接”思い”として響いてきたものを言葉に変換してお伝えしたり

その間、クライアントさんは覚醒と催眠の揺らぎの中にいるわけで、

自己経験の道とは真逆ですね...

 

シュタイナーは多くの著作の中で、

ある意味自分をガイド役の手に委ねてしまうと、

自分の内的生活をある方向に導く一種のグル(導師)との関係に寄ってしまうこと

つまり、他人のフィルターを通すことで自分の内的生活が限定されてしまうことに

警笛をならし

そうではなく、観察と思考による自己経験の道を強く示しています

これでは、

「エネルギーヒーリング・ガイド」は、否定されている形になります😓

 

自己矛盾に困ったわたしは、いろいろ調べました

 

シュタイナー自身、

宇宙の全記録が貯蔵してあるという「アカシックレコード」にアクセスしたりする

透視家なのです

 

そして、目に見えない霊的な世界を、見えるという人がアレコレいうことは

見えない人にとっては確認の仕様もない上に、インパクトも多大

中には利己的に捻じ曲げた情報や未熟な情報を提供する者もあるでしょう

様々なトラブルを起こす危険なことだということも痛烈に体験したことでしょう

 

シュタイナー自身は、

透視で得た内容は「思考」を通しても再度取得可能であるべきであると考え、

本や講演を通して語ったことは全て思考力を通しても取得できたことに限って公開したということです

西川さんの訳で「霊視と霊聴」シュタイナー著の中でそう読んだと記憶しているのですが、

ざっと確認した中ではページを確認できませんでした。(また後日探してみます)

そして、霊視や霊聴の力の弱い人でも霊的な認識を得られる道を多く示しました

 

 

個人的には強くこだわりのある部分でもあるし、

シュタイナーとしても強い思いのあることだとも思います

 

シュタイナーの警笛を真摯に受け止め

エナジーヒーリング・ガイドとしては、畏敬の念と新鮮さをもって向き合い

エナジーセッション中に受け取った目に見えない情報に関しては、

わたしの見解を挟まず、素の情報として伝えることを心がけ

(それを聞いたご本人は、大概思い当たる節があることをシェアしてくるので、

それを元に一緒に内容について対話し考えます)

 

フラワーエッセンスのセッションでは、質問形式をとりながら、

思考と観察の自己経験の道をたどれるサポート的な方法を心がけています

 

一見、教育原則の話からは脱線したようでいて

実は

霊的なこととは無縁だ、興味もないし、わからない、

前世とかカルマなどと言われてもさっぱりピンとこないという人でも

観察と思考からそれを探れるそれぞれの体験の段階を次回から取り上げていきます

 

読書会では、スプーン曲げの話が出たり楽しい会でした

つづく

💖 

 

 

霊気ご飯

8月に新米???

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炊きたてご飯

それは、レイキを初めて伝授していただいた年のこと

15年以上も前の8月でした

避暑も兼ねて、たまたま母が日本からチビたちの子育ての助っ人にきてくれていました

 

レイキを習いたてで、あれこれ面白く試していました

レイキの師匠から、料理にもいいですよと言われていたことをフト思い出し

お米を研ぎ終え、お水を入れたところで

蓋を閉じる前に、霊気 🎶

 

水は、波動を記憶する

お水には気(波動)を記憶する作用があるのです

水の結晶の江本博士の本や写真をご覧になった方もいらっしゃるでしょう

水道水を入れたコップの下に文字を書い紙をしばらく置いて、結晶写真を撮ります

その書かれた文字によって綺麗な結晶を作ったり、結晶ができずに崩れてしまったり...

水に声を掛けたり、音楽を聴かせたりという結晶写真も

フラワーエッセンスも、お花の波動を水に転写させたものです

 

我が家では、

お水を飲む前のコップに「大好き、大好き」と声を掛けてから飲んでいました

子供が小さかった時、お互いの水に「大好き♡」って声を掛け合ったりして楽しかた

今は、流石に一緒に遊んでくれないので、一人でこそっと声を掛けて飲んでいます

一応フィルターに通したお水であっても、飲むとザラッとした舌触りがあります

けれど、

「大好き」と声を掛けた水は、まろやかでほんのり甘くて体にすぅと浸透して

美味しい!

 

ちなみに、

娘の友人でイタズラ好きのある女の子は、そのまろやかになった同じ水に

悪口を一杯注ぎ込んで

みんなの注目を集めながらコップに口をつけました

その瞬間、不味いと言って苦虫を噛み締め

慌てて、同じコップの水に

「I love you, I like you, Thank you, Thank you, I love you....」

と、言い直して飲み直し、「おいしくなった〜♡」の一言に一同驚き

同じ水なのに、掛ける声によって瞬時に質が変わるのにも驚き

すかさず、

私たちの身体は、ほとんどがお水でできているから

お互いに悪口を言うと

不味いお水の体になるよ〜と、ちょっぴり脅かしちゃいました

ま、結構、目がマジでしたけど

 

と、前振りが長かったですが、

 

炊飯器の蓋を閉じる前に、霊気、で、スイッチ オン!

 

何気にいつものように食卓にその霊気ごはんを出しますと、

母は、お約束のように

「あ、今日は新米なの!」と嬉しそう

まっしろで、ツヤツヤで、柔らかで、甘くて、

ホント、8月で、しかもここがカナダじゃなかったらね、騙されるだろっと言うほどに

美味しい炊き上がりでした

 

スープものも、結構おいしくできあがります

いろいろ工夫して、お料理に愛情と霊気をプラスしてみませんか

霊気じゃなくても、「大好き」と声を掛けても波動効果バツグンです!

 

今夜のご飯もおいしく炊き上がりました

 

💖

 

 

読書会備忘録⑷ 「医療と教育を結ぶ シュタイナー教育」

 シュタイナー教育オソルベシ! 

シュタイナーの(人生の)課題

1)輪廻転生とカルマについての知識をもたらし、その知識を発展させ、そのことに関する研究をすること

2)人間を秘儀参入の道に目覚めさせることが世界における悪魔の役割であることを各人が見出せるように、秘儀参入の道を示すこと ー世界における悪魔の役割は人間を支配することではなく、むしろ人々を人間とは何かに目覚めさせ、悪魔に打ち克たせるということ

 

彼は問題に出会うたびに、積極的に率先してその問題に応えました。私たちは通常、問題に出合いますと、批判を始めたり、無視してしまったり、あるいはいろいろな疑問を投げかけたりします。しかし、何か面倒なことに、新鮮で積極的な態度をもって率先して応えることはありません。ですが、生徒のどのような挑発にも常に積極的に率先してたいおうするこの態度こそ、まさに教師の成長および経歴にとってもっとも有益なことです。

 

人間シュタイナーってどういう人だったんでしょうか 凄いですね

そんな人だったから、あんなにも膨大な情報を世に残せたのでしょうか

せめて、まずは自分の問題くらいはそのように向き合いたい

 

1)に関しては、ヨガブームと相まってだいぶ浸透たのではないでしょうか 

2)に関しても、最近のニューエイジ思想にはすっかり浸透していますよね

例えば、アメリカ大統領が悪魔役として人々を目覚めさせることに一役買っているとか

 

光と悪魔の攻防は神話の中ではなく、今ここで、正に進行形で行われているんですね

 

もう一つの問題

読書会備忘録③で指摘した三つのテーマに、更に一つ加わります

優れた教師にとってのもう一つの問題は、「自分のクラスに座っている生徒たちの(人生の)課題は何か、彼らがそれぞれの運命を開拓しそれを全うするため、自分に何ができるか」

 

こんな風に見守られて成長できる子供たちは幸せ  ---シュタイナー教育オソルベシ!

 

ティーンエイジャーを抱える親として、いよいよこの手から離れ、彼ら自身の運命を自ら開拓する年にまで成長して巣立っていく、切実に、そんな彼らに親としてどんなエールを最後に贈ってあげられるのか、今、自分に何ができるのか、考えてます

 

まぁ、私自身、自分の運命を開拓しそれを全うする人生を歩んでるよー

さぁご一緒にって感じかな (^o^)/

 

それにしても、

小さいお子さんを抱えているみなさ〜ん、

本当に、あっという間に育って巣立ってしまいますよ〜

シュタイナーのように新鮮で積極的な態度をもって率先して応え

悪魔を利用していきましょう

今を楽しんでください♡

 

ちょっと脱線しましたが、

どの時代も必死に親や教師は子供を見つめ、精一杯の思いを傾けてきたことだろう

もしくは、その時代を生きるのに精一杯で、子供達になにも思いを掛けなかったかも

けれど、

私たちは誰もが輪廻転生とカルマの分野のちょっとした研究者になる必要があります。

私たちの前に座っている生徒たちが、いま初めて地上生活を営んでいるわてではないことを知れば、人間の成長のプロセスを理解することは、私たち全員にとって、人生の課題の一部になります。ですから、この講演では、特別な方法、ルドルフ・シュタイナー教育原則と呼んでいた方法で、輪廻転生とカルマを扱いたいと思います。

次の章がその「教育原則」についてですが、これは深くて長いので次回に

 

つづく

💖

 

 

変化を起こす種に、フラワーエッセンス使い

自分用にフラワーエッセンスを調合

ちょーとばかり私の外の世界(日常)がザワザワしている

そんな時は、フラワーエッセンスを調合して自分の内なる世界(心の内面)を調整する

 

というのも、

外の世界は、内面の世界の写し鏡だから

心の中がザワザワしていると

日常に起こる出来事が騒ついて「さあ、今回も変化の種をあげるよ、心の奥に蓋してきた ”この” ことに気づいて!」ってサインを送ってくる

 

心の中が騒ついている時に「あぁ、”これ” のことね。」って気づいてあげると

心がチクっとしてストレスくらいで済むけど

無視してストレスをこじらせちゃうと、心は重く肉体に痛みを伴ってサインを送ってくる食わせ者である (~_~;)

 

ましてや、その状況のきっかけは誰かの影響だったとしても

それは変化を起こす種なわけで、心の奥で芽をだし魂の成長を助ける糧となる

いつまでも他人の所為にしているとこじらせちゃう、けっこう厄介なもので

厄介者たる所以は、

この種に心を揺さぶられないと、内に眠っている自分を目覚めさせ成長するのが難しかったりするところ

(昨日の記事<第三のテーマ>とシンクロしている)

awahealing.hatenablog.com

 愛に重きを置いたとき、勇気をもってそこから踏み出せる ー深い!

 

他人にセッションする時は、お話を聞きながら囚われずにエッセンスを選べるけど

自分にセッションする時は、なかなか難しい... 

誰しも自分のことが一番わからないものです 😕

 

なので、自分セッションの時は、カードリーディングします

今回のメッセージは、

「そんなに憤慨していても毒にしかならないよ。その人たちを許して明るい方へ進んでいこう。疑いを払い、人生にミラクルが起こることに心を開いて!本当に奇跡は起こるさ。さぁ、やりたいと願ってきたことを後回しにするのを辞めて目を向け、飛び込んで。今が、行動する時だよ!!」

 

なかなか鋭いところをついてきます (^_^*)

 

2017年は、いろいろな意味で大きな始まりの年だと観じていて、

これからの人生設計に気を配っているところなのです

改めて、この区切りにこれからどんな人生を送っていきたいかなぁと

なので、取捨選択を迫るようなことがいろいろザワザワしているのです

 

エッセンスを調合するにあたって、

どんな仕上がりにするかアファメーションで設定します

二転三転したけど、今回はこれで

 

「他人の意見や辛らつな批判に囚われていることから解放され、私は奇跡に開かれている存在だ」

(これまた昨日のタロットの「悪魔」記事とシンクロ)

 〜〜愛に重きを置いたとき、勇気をもってそこから踏み出せる〜〜

 

使用するのは、地元カナダ西海岸で作られているパシフィック・フラワーエッセンス

いろいろエッセンスを選ぶ方法があるけれど、今回はペンジュラムで

  • グレープヒヤシンス=ショックや絶望感を溶かし、自己の本質を思い出させてくれる
  • バニラリーフ=自分を小さくせず、自己を肯定し受け入れる、完全で無限な自分の可能性を具現化するのを助ける
  • バイバーナム=あなたを励まし、内なる知恵で祝福してガイダンスを与えてくれる
  • ブルーカマス=直感と理性を自由に行き来し統合する、過去世からの恐怖の残留の脳への影響を解消する
  • キャンディースティック=起きてくる現象を敬い、自他の自由の選択を敬い、不快のサインを使って語りかけてくるメッセージに気づく
  • カイトン=ストレスによる緊張を和らげ、体とマインドを柔軟にし、固定観念からの枠を超え自由へ、新しい行動パターンへの道を開く

 いつもながら頼もしい顔ぶれが選ばれてくれました

 

あとは、ブルーのマイボトルへ調合♡

決めたスケジュールで、アファメーションを意識しながら舌下でエッセンスの波動を摂取

 

アロマオイルとよく誤解されるけど

フラワーエッセンスは直接飲んだり皮膚吸収したり 

副作用もなく、頼もしい人生を歩む助っ人なのです

 

やがて選んだエッセンスを飲み続けていると

気づいたり気づかなかったりの変化が現れ始める

 

さぁ、どんなエッセンスの旅が開かれるのだろう、効果はいかに!?

 

💖

読書会備忘録⑶ 「医療と教育を結ぶ シュタイナー教育」

講演一 教育の原則とカルマおよび輪廻転生との関係 --1998年2月15日

三つの問い

最初のヴァルドルフ(シュタイナー)学校が設立された78年前と同じように今でも新しいのかどうか

1) この教育は本質的に、本当に現代に対応できるのでしょうか?

これは、「まえがき」でも触れていました

学習障害や行動障害の増加、テクノロジーの進化、急速な時代の変化の中で

現場の先生方も親たちも、自分が育った時の経験では計りきれない

全く違う子供達に向き合いつつ、変わるべきところ&変わらぬべきところの 駆け引き

 

第二のテーマは、行動の顕著な変化は健康状態の変化を反映している

今は、健康な子供がしだいに稀な、何か特別なものになりつつある

骨格的障害がたくさんみられる

注意欠陥障害等の認知の分野でも多くの問題がみられるが、その元にはすべて、脳障害、遺伝障害、身体障害などの生理学的障害があることを医師たちが徐々に発見しつつある

と指摘した上で、

シュタイナーには、健全な行動も、魂による健全な思考・感情・意思の能力も、健全な霊の働きも、それらの発達に必要な身体的条件を整えることができなければ手にしえないことは、まったく明白なことでした。

どのような身体条件を指摘しているのか気になるところですが

講義ニで深く分け入っていくことになるので、ここでは問題提議のみ

ただ、

普通「教育」といえば、勉学・如何に広い知識を学ぶのか、もしくはテストの成績を如何に上げるのかに注目を集めている昨今の教育志向の中で、

シュタイナー教育の焦点として、健全な人間の成長という土台の上で『自由への教育』それはまた、健康を志向する教育なんだと… 深い…

魂が元気で意欲的であれば、子供たちはスポンジのように自ら知識を吸収していく…

 

実際に、我が家の子供達を目の当たりにして納得することがよくあります。

学ぶことが魂の栄養になっているような授業に参加しているとき、更に体特に骨格系がしっかりしてくるような、言動もしっかりして眩しいです

それに反して、そんな風な授業に成っていないときは、グダグダ グチグチしてますかね〜

2) 私たちに必要なのはどのような健康を志向する教育でしょうか? そして、ヴァルドルフ教育にこの現代の子どもたちに役立つ健康志向を見出すことができるでしょうか?

 

三つ目のテーマは、明日の世界を築けるように、時代の特徴を見据えて彼らをどう教育すべきかですが、ここはぐっと腹の底を掴まれるような切実さを感じました

 

アウシュビッツの収容所で母親を亡くす恐ろしい経験をしたユダヤ人哲学者の例が引用されて、

彼は自問します。

アウシュビッツの残虐行為が起きたとき、神はどこにおられたのか?

彼はその問いを抱いて生きました

やがて自力で答えにたどり着きます

愛に重きをおくものである

「神はアウシュビッツにいた。愛は苦しみに打ち克つ大きな憐れみを生み出すことができる」と

 

私たちはどのようにしたら、そのように邪悪な魂を理解できるようになれるのか

どうしたら悪魔が意思決定のまさに中心で人間の発展に関与している事が分かるのか

私たちはどのように自分自身の自由に、また他人の自由に向き合っているのか

誤ちのない、悪魔の存在しない自由が考え得るでしょうか

 

古代ギリシャ時代には、自由は単に政治的次元の問題であり、まだ個人の能力ではありませんでした。この個人としての自由は現在発達しているところです。それは、人間は誰でも悪魔の問題に直面せざるおえないということを意味しています。ですから私たちは、悪魔を直視し、それを組み込み統合した教育、各人の発達が実際にどれほど重要な問題であるかを気づかせてくれる「障害物」としての悪魔が必要であるような教育を必要としています

 

3) 子供たちが明日の世界を築けるように、私たちはこの時代を深く理解することができるのでしょうか?

 

平たくいえば、『七転び八起き』、『可愛い子には旅をさせろ』、『

苦労は買ってでもせよ』、『獅子は子を谷底に落とす』的な感じでしょうか

悪魔=成長の糧としての失敗、苦労、学び体験

 

コトナカレ主義として穏便に隠すのではなく、

     真逆で、むしろ起こったコトを踏み台にしてその先へ自由へ一歩進んでしまえ!

 

悪魔と言われるとチョット引きますが、タロットカードの『悪魔』を思い起こします

あれは、不吉なカードに思われがちですが、

「さあ〜現実を直視して、あなたを捉えているのは貴方自身、自分の意思でその鎖から自由になりなさい。恐いだろう、足がすくむだろう、その障害物こそが貴方をそこから立ち去らせるギフト」

 愛に重きを置いたとき、勇気をもってそこから踏み出せる

そんな教育を

 

つづく (o^^o)

💖

読書会備忘録⑵ 「医療と教育を結ぶシュタイナー教育」

健康を志向する教育 

 

引き続き、

 

まえがき

この本は、1998年にアメリカで行われたシュタイナー学校の教員の仕事を力強く支援するために行われた講演録で、とても深い子供の成長リズムと肉体の形成の洞察を通して、様々な人智学の領域を網羅しながら多くの示唆を与えてくれます。シュタイナー教育人智学の理解が深まります。

そして 

はっきり観察できる肉体的現象から出発して、その中に存在している魂・霊の働きへと進むことで、まさしくヴァルドルフ (シュタイナー) 教育の生理学的基礎を明確に示しています。

そして

グレックラー博士は連続講演の最初に一つの問いかけをしています。

 

ヴァルドルフ教育は私たちの時代およびそのなかで成長する子供達のニーズに今も対応しているのだろうか、というものです。

 

何年も前、初めてこの本を読んだ時の衝撃を思い出します。

シュタイナーは、1900年代初頭にヨーロッパに生きた人です。

最初の学校を設立した当時のシュタイナーによる講演録が

今もシュタイナー学校の先生たちの基本書です。

 

小人や天使のモチーフは、個人的に正直最初は馴染みにくいものでしたし、

「子供時代に子供らしさを」というコンセプトには強い共感を覚えましたが、

 

果たして、この複雑で情報過多な現在の社会で、

 

早期教育が注目を集めるこの時代に、

 

シュタイナー教育の手法はどうなのだろうかと、

頭の中で空回りする問いを

 

私の目の前で目をキラキラさせながら遊ぶ子供の姿に心を寄り添わせ、信じた思いを頼りに手探りで進んでいたその道に、

 

グレックラー博士の問いかけ、

ヴァルドルフ教育は私たちの時代およびそのなかで成長する子供達のニーズに今も対応しているのだろうか?

 

正に、知りたかった、痒いところに手が届いた♡みたいな

面白く一気に読んだものでした

 

読書会でも、

あ、みんなここに引っかかりを感じていたんだなっというポイントでした

 

本文を通して

現代、健康という問題は途方もなく重要であり、

健康の観点からすると、ヴァルドルフ教育は現存する教育のなかで未だにもっとも新しいものです。健康を志向する教育だ。

と、

私の長年の空回りしていた問いに光を差し込んでくれた一冊でした。

そして、できるならもっと早くこの本と出会いたかった。(>人<;)

 

つづく)^o^(

💖